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新垣 史織 Arakaki Shiori

南の島、沖縄県出身。
沖縄の北部で、自然に囲まれながら幼少期を伸びやかに過ごし、自然や生き物に触れることを楽しいと感じる性格になりました。
その頃から、絵を書くこと、工作などが好きで、自分で考えた「カタチ」をつくることに夢中になっていました。
その影響もあって「カタチ」をつくることを学びたいと感じ、大学は、沖縄県立芸術大学 デザイン工芸学部を卒業。大学では、自然からつくられる「カタチ」に興味を持ち、染色を学びました。
水は何を持って水と感じるのか、例えば流れであったり、気泡であったり、色であったり。そこを追い求めた学生時代であったと感じます。
卒業後は、先輩から誘われていた教職の臨時の仕事を始めました。
子どもは昔から好きで、小学生の頃も自身の住んでいる住宅に併設されていた保育園の子どもたちに絵本の読み聞かせに自分から出向くほどでした。
教職を続ける中で、ある学生に「先生は先生になれて良かったですか?」と問いかけられ、ふと考えることがありました。自分の中にあるちょっとした引っかかりが、胸を張って「先生になりたくてなったんだよ」とは言えなかったのです。
問いかけた教え子たち、未来のこどもたちに「やりたいことができる世の中なんだよ」と自分の人生をもって伝えたい。
そんな原動力から私の挑戦が始まりました。
25歳で大阪府へ拠点を移し、レディースアパレルOEMの企画デザイナーへ。
主に企画書の制作、サンプル制作、中国・韓国・インドネシアの工場の生産管理などを行い、デザイナーとしての経験・知識を深めました。
その後、沖縄へ27歳のときに帰郷。大阪で培った知識を活かしながらデザイン業をこなしました。
29歳のときには沖縄市の沖縄アリーナ(現:沖縄サントリーアリーナ)の琉球ゴールデンキングスチームのオリジナルバスケットコートのデザインを担当。
31歳で、印刷プロセスで生まれるちょっとした端材や部品を活かした、紙の新たな可能性を探究する文房具ブランド「kamitopia(カミトピア)」を立ち上げました。0からのスタートでSNSなどを駆使し、無名だったブランドを文具女子博のイベント出店をさせられるまでに成長させました。
その後、kamitopiaは所属していた企業へ引き渡し、フリーランスデザイナーとして新たな挑戦を続けています。
好きなものは・・・カモノハシ、ゴジラ、ネコ、釣り、甘いもの、星

沖縄サントリーアリーナ バスケットコート

2025年沖縄市平和の日記念事業ビジュアル

やんばる露天映画会ビジュアルデザイン

沖縄サントリーアリーナ バスケットコート
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